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伊勢物語翻刻 by 片島諒

伊勢物語各種影印本の翻刻を行います

②宮内庁書陵部蔵冷泉為和筆本について

旧版
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新装版
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宮内庁書陵部に所蔵される冷泉(上冷泉)為和(1486〜1549年)筆とされる伊勢物語。冷泉為和筆の伊勢物語は他にも池田亀鑑「伊勢物語に就きての研究」で触れられている✼倉野憲司氏旧蔵本もあるようだが、通常は冷泉為和筆本と言えば宮内庁書陵部蔵のこの本を指す。御所本とも言う。

冷泉為和が駿河に居た天文16年(1547年)に今川家にあった京極黄門(藤原定家)自筆本を氏元の懇望に依り書写した旨の奥書がある。「氏元」は今川家の配下にあった武将葛山氏元を指すとするのが定説になっているが今川義元の別名も氏元なので義元の蓋然性もある。天文16年には葛山氏元は数え28歳、今川義元は数え29歳、冷泉為和は数え62歳。その後約200年後の18世紀中頃には京都御所の所有になっていたことが確認されているが、どのような経緯でこの本が御所本になったのかは不明。

本の内容は行の切り方や仮名の使い方まで学習院本によく一致し、あるいは学習院本を書写したものかと思う程だが、101段の歌が学習院本が『人をほみ』であるのに対して為和筆本は『人をおほみ』となっているので、学習院本を書写したのではなく為和筆本もまた定家自筆本を直接書写した本であり両本が共に定家自筆本を忠実に書写せんと努めた結果の一致とみられる。

学習院大蔵本との本文の異同は次の五箇所。

☆65段……冷泉為和筆本『おとは女しあはねは』
    学習院大蔵本『おとこは女しあはねは』
☆69段……冷泉為和筆本『心もなくて』
    学習院大蔵本『心もとなくて』
☆82段……冷泉為和筆本『木のもとにおりて』
    学習院大蔵本『木のもとにおりゐて』
☆101段……冷泉為和筆本『人をおほみ』
     学習院大蔵本『人をほみ』
☆107段……冷泉為和筆本『わかけれは』
     学習院大蔵本『[また]わかけれは』

集付けは次の四箇所が学習院大蔵本・河野美術館蔵実隆筆本にあって冷泉為和筆本には無い。

☆4段5番『古今』(月やあらぬ…)
☆14段20番『入万葉』(中\/に…)
☆23段49番『古今』(風ふけは…)
☆103段179番『古今』(ねぬる夜の…)

行間勘物の学習院蔵本との異同は三箇所。

☆1段……冷泉為和筆本『八月薨』
    学習院大蔵本『八月[卄五日]薨』
☆9段……冷泉為和筆本『寂蓮殊信用説』
    学習院大蔵本『寂蓮殊信用此説』
☆97段……冷泉為和筆本『(無し)』
    学習院大蔵本『貞觀十七年』

1段の『卄五日』は河野美術館蔵実隆筆本にも無いので学習院本の補入は後人によるものか。

校異の書込みは河野美術館蔵実隆筆本と同じなので「河野美術館蔵実隆筆本について」を参照。http://nobinyanmikeko.hatenadiary.com/entry/2017/02/27/170047

定家自筆天福本からの一次写本としては他にも「伊勢物語に就きての研究」(池田亀鑑)や古典文庫64「伊勢物語(天福本・谷森本)」に校異が記されている池田亀鑑氏旧蔵法橋玄津筆本もあるようだがこの本は影印本が出ているのかどうか不明(現在は天理図書館の蔵書になっている模様だが天理図書館善本叢書伊勢物語諸本集一には入っておらず二はまだ出ていない)。学習院蔵本との校異は「伊勢物語に就きての研究 校本篇」で、冷泉為和筆本との校異は前記古典文庫本で知ることができる。

冷泉為和筆本の影印本は笠間書院から刊行されているが旧版と新装版があり初版は1971年のようだ。新装版は若干影印部分が小さくなり、鈴木知太郎氏の解説が別冊の小冊子だったのが本体の巻末に収められたという違いはあるが基本的には同じもの。新装版は一見写真複製本のように見えるが、この写真は原本を写したものではなく影印本旧版を写したもののようなので朱入れなどは確認できない。

底本の形状は縦17.5cm、横17.6cmとのことなので影印本の旧版はほぼ原寸大、新装版は縦15.5cm、横14.6cmとやや小さい。学習院本は縦16.33cm、横16.17cmなので学習院本の原本よりは為和筆本の原本の方がやや大きいようだが、影印本は武蔵野書院刊の学習院本の影印本の方が為和筆本の影印本より一回り大きい。

冷泉為和筆本の翻刻は既に古典文庫64(1952年)の鈴木知太郎氏による翻刻、「異本対照伊勢物語」(1981年、和泉書院)の片桐洋一氏による翻刻が刊行されているが、これらは本文のみの翻刻で行間の書込みや勘物は省略されていること、行の切り方などが原本通りになっていないことを考えると改めて翻刻する意味もあるように思う。


✼池田亀鑑「伊勢物語に就きての研究」によれば倉野憲司氏旧蔵本は冷泉為和が自ら所持する目的で定家自筆本を書写した本だが現存する本は90枚中為和自筆は初めの35枚だけで残り55枚は元禄年間に冷泉為綱によって書かれたものとのこと。為和自筆の部分は御所本以上に原本を忠実に模したものとのことだが早くに後半が失われたらしいのが惜しまれるようだ。